金沢文庫 | 復刻版浮世絵木版画専門店
■ 金沢文庫ブログはこちら!ほぼ毎日更新中。 ■

「北斎の、あの波の」で通じる超有名作品の解説に挑む!

あぁ今回もアート大好き青野カエル節が炸裂しています。

前座はいいから早くカエルを舞台に出せって?
はいはい、そのお気持ち、よくわかります。
カエルさん どうぞっ!

*************

ゴッホもモネもドビュッシーも愛した、世界水準の芸術作品。
「The Great Wave」です。


(北斎 富嶽三十六景「神奈川沖波裏」)

紺、青、水色、白に染め分けられた波のグラデーションが
美しいやらカッコいいやら。
そこに降り注ぐ波しぶきの白いドットが


もうたまらなく美しい、オシャレ。
怒涛の迫力、完璧な構図、北斎さーん、ありがとー!!

・・・すみません、取り乱しました。

冷静に図々しくも
なぜ、こんなにも素晴らしい作品が
生み出されたのか、カエルは考えてみました。

北斎は20数年前にも
神奈川沖の押送船(おしおくりぶね)と大波と富士を描いています。
1805年(文化2年)出版の
「おしおくりはとうせんのづ」です。

(Wikipediaより画像引用させていただきました)

西洋の銅版画を研究して描いたせいなのか、
その波は外洋のうねりのような粘り気のある感じで、
波頭が砕ける躍動感はありません。
色もまだベロ藍が普及する以前の濃い色の藍で、透明感がない。
構図の取り方はほぼ「浪裏」と同じなのですが。。。

恐らく北斎は
この迫力ある大波の構図が気に入っていたのだと思います。

「北斎漫画」の中で説いている「三ツワリの法」という
西洋画から見つけた独自の構図法と
絵手本「略画早指南」の中で言う
「規矩の二つをもって諸々の画なすの定位を教ふ」、
つまりコンパスと定規で作図をするのだという2つの理論が
この構図にはすでに備わっているようです。

構図にはきっと満足していたはず。

しかしそこは画狂人、波の迫力が~、海の透明感が~、
もっと、もっと、良い絵にしたいという欲があったのでしょう。

そして画狂人生を歩む中、
「波の伊八」と「ベロ藍」との出会いが
「神奈川沖浪裏」を産み出す要因になったのではとカエルは想像します。

「波の伊八」とは安房国の今の鴨川市に生まれた
武志伊八郎信由さんという宮彫師、彫刻家です。

その作品は房総の寺社をはじめ、関東に広く残っています。

「関東に行ったら波は彫るな」、
彫ったら伊八と比べられて笑いものになるから、
と言われるほどの見事な波を彫りました。

その伊八が1809年(文化6年)に房総の寺、
東頭山行元寺(とうずさんぎょうがんじ)の
書院の欄間に彫った「波に宝珠」という作品が、
「神奈川沖浪裏」の波の描写と瓜二つなのは有名な話。

伊八58才、北斎はその時50才、
浪裏を描いたのは70才過ぎてからなので、
たぶん見ていますね、「波に宝珠」。
たぶん、模写しましたよね!
こ、これだっ!と思ったんじゃないかしら。

そしてもう一つの傑作誕生の要因は
1826年(文政9年)頃から安価で大量に輸入できるようになった
「ベロ藍」だと思われます。

透明感のある美しい青、濃紺から淡いブルーまで自在に扱える発色の良さに
画家たちは皆、驚き喜んだことでしょう。

迫力ある波の表現と深遠な海の色を手に入れた北斎が、
満を持して描き上げた集大成の自信作こそが
「神奈川沖浪裏」だったのではないでしょうか。

この絵をジーっと見ていると、
船頭さんたちの絶叫が聞こえてくるようです。
うひゃ~、うおぉぉぉ、ヤーメーテー、オーマイガー、、、、、、