岩下書店 | 復刻版浮世絵木版画専門店
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朝の通勤ラッシュを描くとは、さすがの北斎さんだ!

アート大好き青野カエル的解釈で、
巨匠・北斎の『富嶽三十六景』をご案内してまいります!

ちょいと新たな目線の解釈は
「ホホォ〜」と頷ける、
あなたの楽しいひと時になることまちがいナシ!!
北斎さんもご満悦!?

まずは「日本橋」でございます。
ではでは、どうぞ!

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高層ビルもなく自動車や工場の排煙もない時代、
江戸市中の色々な場所から富士山がのぞめました。

特に江戸っ子の自慢は、
千代田城と富士山のツーショットが拝める「日本橋」からの眺めです。
多くの絵師が日本橋を題材にした浮世絵を描いています。

日本橋界隈はお江戸の中心地でした。
幕府が開かれてすぐの1604年に
五街道の起点に定められ地理的な中心地となり、
金座が置かれ金融の中心に、魚河岸が開かれて流通センターに、
大店が集まり商業の中心になりました。

定番のアングルは北東斜め上からの俯瞰で、
魚河岸と日本橋川、美しいアーチを描く日本橋、
上流に一石橋、その先に千代田城、さらに富士山を望むというもの。

では、北斎の「日本橋」はどうでしょう。
はい、定番通りには描きません。
大胆な構図はお手の物、
ググッと寄って橋なんか見えやしない。
辛うじて見える擬宝珠で橋の上だと分かります。


(葛飾北斎 富嶽三十六景「日本橋」)

さらによく見ると、北斎お得意の隠れ富士山を見つけてしまいましたよ。
川の両岸と奥のお堀の石垣を結ぶと、富士山の形に見えませんか?
その三角の底辺に橋があって、
人の波で埋め尽くされているという面白い構図が見て取れます。

しかしこの混雑ぶりはすごいですね。
ここで注目なのは、浮世絵のお約束、「一文字ぼかし」です。
空の下の方、雲の上には朱色のぼかし、上端は藍一文字の天ぼかし。
そうです、これは良く晴れた朝焼けの残る早朝を意味しています。

つまり、この橋の上の混雑ぶりは、朝の通勤ラッシュの光景なのです。
「一日に三千両の落ちどころ」と
川柳に詠まれた日本橋界隈の活気が伝わってきます。

天秤棒を持って、魚河岸に仕入れに行く人。
アワビや魚がぎっしり入ったざるを頭の上に掲げて、これから行商へ行く人。
大きな紺の風呂敷包みを背負った人は呉服屋の手代でしょうか。
裃(かみしも)を付けたお侍は役所に出勤なのかしら。
大八車も荷物満載です。
笠に合羽の旅姿の人も、材木を担いだ人やお坊さんも。
皆、先を急いで南へ北へ、橋の上は大騒ぎです。

川べりの蔵でも荷物の積み下ろしで忙しそうですね。
倉庫群のあるこちらの岸は裏河岸と呼ばれていました。
向かいの岸は西河岸で、この絵には入っていませんが、
川沿いの右手に魚河岸があります。

忙しい日本橋の朝でも、一番急いでいるのが魚を扱う商売の人たちでしょうね。
何しろこの時代、冷蔵庫も氷もありません。
江戸前はもちろん、遠くは外房や静岡の方からも船が着きます。

わっと取引して、
あらよっと荷造りして、
ほらよっと売りさばかなければどんどん鮮度が落ちてしまいます。
自然と早口でまくし立てる江戸弁が生まれたのです。
威勢が良くて、腕っぷしが強く、
宵越しの金は持たない気前の良さ。
魚屋の鯔背(いなせ)なお兄さん方は
江戸っ子の中の江戸っ子と言われました。

現在では魚河岸は築地に移り、橋は石組み、
日本橋川は首都高の高架に覆われて富士山も皇居も見えません。
しかし日本橋の真ん中には「日本国道路元票」が埋め込まれていて、
日本の道の起点であるところは変わっていないのです。

いつの時代も「日本橋」は江戸っ子の誇りですね。

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いかがでしたか、カエル的解釈『富嶽三十六景』シリーズ。

次回もお楽しみに!!