金沢文庫 | 復刻版浮世絵木版画専門店
■ 金沢文庫ブログはこちら!ほぼ毎日更新中。 ■

三世瀬川菊之丞の田辺文蔵の妻おしづ

寛政六年五月、都座の「花菖蒲文禄曽我」に出場する三世瀬川菊之丞の田辺文蔵の妻おしづの役を描いたものです。田辺文蔵は石井兄弟の仇討ちを助け、暮らしの困窮にたえる役であり、おしづも夫とともに苦難に沈む役で、病身であるために鉢巻をしています。役柄の寂しさがよく出ているうえに、三世菊之丞の女形としての芸質をあますところなく描いていることから写楽の女形を描いた図のなかで一、二を争う名作といわれています。ふっくらとした顔、悠揚とした芸質がにじみ出ている姿態描写はただただ感銘します。ことに驚くべき配色美をみせており、それは写楽が最も好む色彩と思われます。たとえば紅と草の二色の下着など、わずかな部分でありながら全体の色彩を引き締め、しかも女形としての派手さもうかがわせている技巧を示しています。

三世瀬川菊之丞は、天明、寛政時代の名女形で座頭にもなった人物です。二世菊之丞の養子で、大阪の振付師市山七十郎の二男として生まれました。初名は市山富三郎。二世の養子となってから瀬川富三郎と改め、安永三年十一月に三代目を継ぎました。年ごとに名声を上げ、江戸随一の女形となり、浜村屋大名神さまともいわれました。享和元年に俳名の路考を芸名とし、文化四年に仙女と改名。文化七年十二月、六十歳で没しました。


役者をよりリアルに表現した写楽ならではの表情です

女形としての芸質を際立たせる写楽ならではの配色です

役者三世佐野川市松を表す家紋は「丸に同の字」です

東洲斎写楽を見出したのは元祖出版プロデューサー蔦屋重三郎でした。

商品サイズのご案内

弊社の中判の作品は約32.5~34cm×22~24cmの越前奉書(和紙)(一部商品を除く)に
摺られております。
専用額の大きさは横44cm×縦37cmとなっております。

サイズについての詳細はこちらをご覧ください。

制作動画のご紹介

浮世絵木版画「金沢文庫」がおくる、彫りと摺りの世界を動画でご紹介しています。
左のサムネイルをクリックすると動画が表示されます、是非ご覧ください。

専用額のご案内


浮世版画にぴったりな専用額をご用意しました。

シックな漆塗風の木製枠は淡い色合いの浮世絵を引き立て、
和洋問わずお部屋に彩りを与えてくれます。

アクリル仕様は紫外線から大切な作品を守ります。

アクリル仕様は耐久性があり、割れにくく、紫外線から作品を守るUVカット効果を施しております。

輸送に長時間かかる海外への発送などにも最適です。御用途によってお選びくださいませ。

お届け後すぐに飾れます。

額装を施すことによって、お届け後お気に入りの場所にすぐに飾っていただけます。
心を込めたプレゼントを贈られた方も開封後すぐに飾ってお楽しみ頂けます。

東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)

生没年不詳
寛政6年(1794)、浮世絵界に彗星のように登場し、わずか10ヶ月の作家活動の間に140数点もの浮世絵を世に送り出すと忽然と姿を消しました。写楽は大判のしかも背景を高価な黒雲母摺という尋常ならぬデビューを果たしました。版元の蔦屋重三郎は、歌麿が重三郎の専属を離れたのちに大々的に写楽を売り出しましたが、次第に大判が少なくなっていきます。その理由として、写楽の人気役者であろうと美化せずに、ありのままを描きとる筆致は、役者ファンをはじめ当時の人々の好みに合わなかったからなのかもしれません。しかし、どれも躍動感にあふれた役者絵は見る者に強烈なインパクトを与え、海外でも高い評価を得ています

東洲斎写楽選 東洲斎写楽

写楽の作品が重んじられる理由のひとつに、その遺品が少ないということにあります。また残念ながら写楽の芸術を理解し、認識したのは日本ではなく海外が先でした。日本人が彼の作品を認めない間に、多くの作品は海外に流れ、その芸術が絶賛されたのです。昭和18年、海外から持ち帰った松方コレクションが博物館に入り、その数も増した程度であり、こうした限られた少数の作品を復刻したのがこの40作品で、いずれも写楽の大傑作です。