今回の『アート大好き青野カエル的解釈の北斎・富嶽三十六景の旅』は
意外なあのひとが出てきますよ。
あ、もうタイトルでバレバレですね(´͈ ᗨ `͈ ) ‘`,、
*******************
藍摺り10図の中でも一、二を争う美しい作品ではないでしょうか。
穏やかに凪いだ相模湾に打ち寄せる、
静かな波の表現が、カエルはとても好きです。
もっとも、集落の屋根を見下ろすこのアングルからすると、
だいぶ高い所から描いているので、
静かな波の表現というのは、ちょっと違うかもしれませんね。
七里ヶ浜は遊泳禁止のサーフィンのメッカだそうですから、
波はそれなりなのでしょう。
そう思ってみれば、小さいサーファーを波の上に
配置したらいい感じかもしれない。
集落のある岬が「小動岬」(こゆるぎみさき)で
左の島は「江ノ島」です。
他の浮世絵は大抵、七里ヶ浜の東端、稲村ケ崎あたりから見て、
2.9キロほど続く砂浜をそぞろ歩く人々と、
江ノ島と小動岬の間に見える富士という構図で描いています。
北斎さんはというと、砂浜や往来の旅行客など眼中になし。
小動岬を見下ろす位置まで登って、海面と空を半々にし、
手前の小山と富士山を相似になるように描きました。
そして、富士山の右にかかる霞と、
小山の左の波をシンメトリーに配しています。
また、小動岬の松の枝ぶりと重なる雲の形を似せて、
シルエットのように描いているのも面白いです。
地図で検証してみると、「満福寺」の東の高台あたりから
描いたものと思われますが、
よく見つけましたよね、こんなにもばっちりなアングル。
妥協を許さない、北斎さんのこだわりを感じる構図だと思います。
カエルの脳裏には、ここぞというロケーションを求め、
山中をうろつく怪しい様子が目に浮かびます・・・。
ロケーションというと、もうひとつ、
太宰治を思い出します。
昭和5年、銀座のカフェの女給を道連れに
睡眠薬で心中を図ったのが小動岬の岩場。
一人死に損なった太宰が担ぎ込まれたのが、
今も七里ヶ浜に建つ、「恵風園」という結核の療養所でした。
なぜ急に太宰の話かと言いますと、
「相州七里ヶ浜」のロケ地を地図上で探していて、
「恵風園胃腸病院」の裏あたりじゃあなかろうか、
と当たりを付けていたカエルは、
ふと昔読んだ小説のラストシーンを思い出したのです。
小動岬のその事件に題をとった太宰の自伝的小品「道化の華」の最後に、
病院の裏山に富士を見に行くシーンがあります。
あいにくの空模様だったが、
案内役の看護師はここから富士山がはっきりと見えるのだと言う。
主人公の生き残り男は、
裏山の三十丈の崖の上から遠く江ノ島を見下ろしていた、というもの。
小動岬との位置関係、富士山と江ノ島の見え方、
標高、どれも完璧に理想的な場所。
北斎さんのうろついていた「相州七里ヶ浜」のロケ地と
太宰治の「道化の華」のラストシーンはカエルの中で繋がった。
宅地造成で削られる前は、きっと絵や小説に書きたくなるような
富士見の絶景ポイントがそこにあったに違いない!
と勝手にガッテンしたのでした。
ガッテン、ガッテン。
**************
カエルの旅、次回もお楽しみに(๑ˇεˇ๑)•*¨*•.¸¸♪