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画狂老人 北斎の目に映った佃島

月日の流れの早いこと、早いこと。

あっという間に夏は過ぎ、

この頃じゃあ、街並みにハロウィンの飾りが目につくようになってしまいました。

さぁ皆様、
『アート大好き青野カエル的解釈の北斎・富嶽三十六景の旅』へ参りましょう〜!

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北斎 富嶽三十六景「武陽佃島」

隅田川の河口の三角州を利用して、
埋め立てられた人工の島。
石川島が先にあって、その南に作られた
百間四方の田の字型の島が佃島です。

大阪佃村の漁師さんたちが、
関ヶ原以前から何かとお世話をしてあげた
家康公から江戸に招かれて、
その辺の海あげるから、適当に埋め立てて住んじゃえばぁ
と、丸投げされて作った島です。

現在の石川島と佃島は、中央区佃の一丁目、二丁目となって、
南に月島やら晴海がくっついて巨大化し、
あんまり島っぽくないですね。

江戸時代の東京湾は佃島沖近くまで浅瀬が広がり、
月島も豊洲も夢の島もなく開けた海に、
石川島と佃島が身を寄せ合ってポツンと
浮かんでいる感じだったのでしょう。

隅田川河口は当時、物流の玄関口でした。
全国から物資を満載した大型の船が毎日、沢山やってきます。
江戸前の海は浅かったので、大型船は品川沖や佃島沖に碇泊して、
小型の荷船に荷を積みかえて隅田川に入っていきました。

島の南側には、帆を下ろした大型船が何隻も停泊しています。

富士山の方角にも、停泊中の船がたくさん見えますね。
位置的に言って、おそらくあの辺が品川沖なのかな。

もっと沖の川崎方面からも、
続々と千石船が押し寄せてきています。
何とも景気のいい絵ですね。

まさに、「武陽佃島」のような光景が江戸前の日常だったのでしょう。
平日の首都高が、輸送のトラックでいっぱいなのと同じです。

7艘描かれた手前の船の中には、荷船だけでなく釣り客を
乗せた船や、渡し船、漁船もあるようです。

北斎は「北斎漫画」でも、
色々な種類の船のスケッチを披露してくれています。
描きためた船のスケッチを、どんな風に配置しようかしらと、
楽しんで描いている北斎さんの様子が目に浮かびます。

その中でメインに据えられたのが、
大量の袋を三角形に積み上げた荷船。

理由は明らか、富士山との相似形コラボの為です。

しかし、丁度いい形の船があったものですね。
この荷物の積み方はメジャーだったみたいで、
他の多くの浮世絵にも見られます。
それでも、こいつを富士山に見立てようなんてことは、
普通は誰も考えない。

これだけ細かい描き込みがあっても、ごちゃごちゃ見えない理由は、
この相似コラボにあるのかもしれません。

三角船と富士山とが絵の中央三分の一の画面に、
斜め一直線に配置されています。
中央に大きな三角2つを置くことによって、
見る者の視線を中央へ、手前から奥へと誘い、
遠近の深度をより大きく感じさせる効果があるように思うのです。

もう一つ、画面左側の水平線と、右側の湾のカーブを違和感なく繋げて、
海岸線がゆる~い弧を描いているのにお気づきですか。
東海道の旅や房総旅行などで見た、太平洋の水平線が描く弧を、
東京湾の風景にうつしたことによって、
より広がりのある海景に見えるのだと思います。

この様な工夫によって、船やら荷物やら家やらが
細かく描き込まれているにもかかわらず「武陽佃島」は奥行きも広がりもある、
清々とした美しい風景画になっているのではないでしょうか。

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カエルの旅、次回もお楽しみに!